「マッチングアプリで出会ったと言うのは、なんとなく恥ずかしい」
そんな感覚を持っていませんか?
職場や学校で出会ったり、友達からの紹介だったり、合コンで出会ったりというのは「自然な恋愛」。
だけどアプリを使うと、なぜか白い目で見られる。
今はマッチングアプリでの恋愛も普通のこととして受け入れられてきてはいますが、そのような価値観を感じることってありませんか?
心理師の筆者からすると、この違いはとても興味深いものです。
というのも「自然な出会いのほうが上」という感覚自体、歴史の中で作られてきた価値観だからです。
この記事では、マッチングアプリがなぜ「普通の出会い」より下に見られてきたのかを考察し、その価値観が本質的に間違っている理由まで解説します。
端的に言えば、マッチングアプリが劣っているから嫌われたというよりは、私たちの持つ「恋愛は自然に始まるもの」という常識とネットでの出会いが背負ってきた歴史が大きく影響しています。
そもそも「自然な出会い」とは何なのか?
まず考えてみたいのが、そもそも何をもって「自然な出会い」と呼ぶのかということです。
一般的には、
- 学校で知り合った
- 職場で知り合った
- 友人から紹介された
- サークルなど集まりで知り合った
といった出会いが「自然」とされます。
一方でマッチングアプリや結婚相談所のように「恋人や結婚相手を探すために出会う」と、途端に「不自然」「必死」と思われることがあります。
しかし、よく考えると不思議です。
合コンは恋人候補と出会う目的で開催されることが多いですし、友人からの紹介も「恋人が欲しいなら、この人どう?」と意図的にセッティングされることがあります。
それなのに、
友人に紹介してもらえば自然で、スマホに紹介してもらったら不自然。
そこに本質的な違いがあるのでしょうか?
そもそも「自然な出会い」というのは時代によって異なる
さらに歴史を見ると、「普通の出会い」という価値観自体がかなり曖昧であることが分かります。
国立社会保障・人口問題研究所によると戦前の日本では見合い結婚が約7割を占めていました。
その後見合い結婚は徐々に減少し、1960年代末に恋愛結婚と割合が逆転しています。
つまり現在では「自然な恋愛」の代表格のように扱われている恋愛結婚も、日本社会でずっと当たり前だったわけではないのです。
その後は「職場」「友人・きょうだい」「学校」など、日常生活の中で相手と知り合う形が大きな割合を占めるようになりました。
その結果、
普通に生活する→偶然出会う→好きになる→付き合う
という流れがいわゆる「自然な恋愛」として認識されやすくなったと考えられます。
一方、マッチングアプリは、
恋人が欲しい→相手を探す→出会う→好きになる
という順番です。
恋愛感情が生まれる前に「恋人を探す」という目的が存在します。
そのため、従来の恋愛観から見ると「作られた出会い」のように感じてしまうのでしょう。
しかし歴史的に見れば、お見合いだって「結婚したい男女を意図的に出会わせる仕組み」です。
違うのは、仲人が紹介するのか、友達が紹介するのか、アプリのシステムが紹介するのかという点です。
「目的を持って異性と出会うこと」は、マッチングアプリが登場するはるか以前から行われています。
マッチングアプリは「出会い系」の悪いイメージも引き継いだ
では、なぜマッチングアプリにはこれほど抵抗感があったのでしょうか。
日本の場合、無視できないのが「出会い系サイト」の存在です。
インターネットが普及すると、オンライン上で知らない男女が交流する「出会い系サイト」が登場しました。
しかし一部のサービスでは児童買春などの犯罪が社会問題になり、2003年にはいわゆる「出会い系サイト規制法」が施行されています。
そのため、当時を知っている人ほど、
「インターネットで知らない人と会う=怪しい・危ない」
というイメージを持ちやすくなりました。
現在のマッチングアプリと当時の出会い系サイトは、本人確認などの仕組みを含めて同じものではありません。
それでも、「ネットで知らない人と出会う」という表面的な共通点から、過去のイメージまで引き継がれてしまった面があります。
新しいサービスが登場しても、人々の価値観まで一瞬で更新されるわけではないのです。
「アプリを使う人=モテない」という偏見はなぜ生まれる?
もう一つ根強いのが、
「普通に生活していれば恋人くらいできる」
「アプリを使わないと出会えない人が使うもの」
という価値観です。
これはマッチングアプリに限った話ではありません。
2004年に発表されたオンライン上の恋愛関係についての研究では、すでにオンラインで形成された関係に対して社会的な偏見が存在することが指摘されています。
つまり、ネット恋愛への偏見は最近突然生まれたものではありません。
では、なぜ「アプリを使う=モテない」になるのでしょうか。
そこには、
「恋愛は努力して手に入れるものではなく、自然に発生するもの」
という恋愛観が隠れています。
たとえば、資格が欲しくて学校に通う人を「必死だ」と笑う人はあまりいません。
転職したいから求人サイトを見ることも普通です。
ところが恋愛だけは「探しています」と表明すると、必死だと思われることがある。
恋愛には「運命」「偶然」「自然に惹かれ合う」といった物語が強く結びついているからでしょう。
私たちは「出会い方」と「恋愛の価値」を混同している
そもそも出会い方と、その後に築かれる恋愛関係の価値は別問題のはずです。
たとえば、同じ会社で働いていたAさんとBさんが、半年かけて仲良くなって交際したとします。
一方、アプリで出会ったCさんとDさんも、何度もデートをして、半年かけて信頼関係を築いて交際したとします。
前者は「自然な恋愛」。
後者は「アプリで作った恋愛」。
そう呼ぶことに、どこまで意味があるでしょうか。
実際には、どちらも出会った後には相手と話し、一緒に時間を過ごし、価値観を知り、「この人と一緒にいたい」と感じて関係を築いていきます。
アプリができるのは、基本的に出会うきっかけを作るところまでです。
相手を好きになることも、信頼することも、良い関係を築くことも、アプリが代わりにやってくれるわけではありません。
人間関係は「どこで出会ったか」だけで決まるものではありません。
その後のコミュニケーションや相互理解、価値観、相手への配慮など、さまざまな行動の積み重ねによって関係は作られていきます。
「自然な出会い」も実は環境によって作られている
もう少し踏み込んで考えてみましょう。
そもそも「自然な出会い」とされる職場や学校での恋愛も、本当に完全な偶然なのでしょうか。
同じ学校に通う人は、年齢や住んでいる地域などがある程度似ています。
同じ会社で働く人も、職種や学歴、収入、生活リズムなどに共通点が生まれやすいでしょう。
大学のサークルなんて、恋人を探す場になている側面もあります。
つまり私たちは昔から環境によってある程度選別された人たちの中から恋人を選んできたとも言えます。
アプリだけが人間を選別しているわけではありません。
これまで見えにくかった「人は誰とでも恋愛するわけではない」という事実を、アプリが可視化したとも考えられるのです。
すでに「普通の出会い」は変わり始めている
そして今、社会の価値観は再び変化しています。
国立社会保障・人口問題研究所は結婚や出産について全国規模の「出生動向基本調査」を継続して実施しています。
戦前には見合い結婚が約7割。
その後、恋愛結婚が主流になりました。
そして現在はインターネットを介した出会いも存在感を増しています。
つまり「普通の出会い」の範囲そのものが社会の変化とともに広がっているのです。
もちろん、だからといって「マッチングアプリは絶対に安全」と言いたいわけではありません。
プロフィールの虚偽、既婚者、勧誘、身体目的、詐欺など、オンラインならではのリスクには注意する必要があります。
しかし「マッチングアプリにはリスクがある」という話と「マッチングアプリで出会った恋愛は自然な恋愛より劣っている」という話はまったく別です。
まとめ|大切なのは「どこで出会ったか」ではない
マッチングアプリが「自然な出会いより下」と考えられてきた背景には、
- 学校や職場などで偶然出会うことを「普通」とする恋愛観
- 「恋愛は自然に始まるもの」というロマンチックな価値観
- 過去の出会い系サイトが持っていた危険なイメージ
- 「自力で出会えない人が使うもの」という偏見
などが関係していると考えられます。
しかし歴史を振り返れば、「普通の出会い方」そのものが時代によって変わっています。
戦前には見合い結婚が約7割を占めていたものが、戦後には恋愛結婚へ移り変わりました。
今後、マッチングアプリがさらに一般化すれば、「アプリで知り合いました」という言葉すら特別な意味を持たなくなるかもしれません。
そして心理師として筆者が重要だと考えているのは、出会いの入り口と、その後の人間関係を分けて考えることです。
学校で出会ったから良い恋愛になるわけでもありません。
アプリで出会ったから浅い恋愛になるわけでもありません。
マッチングアプリは、あくまで二人が知り合うための「きっかけ」の一つです。
その先で相手を知り、信頼し、お互いを尊重しながら関係を作るのは、どの出会い方でも変わりません。
だから、これから誰かと出会おうとしている人が考えるべきなのは、
「この出会い方は自然か?」ではなく、「この人とどんな関係を作っていけるか?」なのです。
であいらぼでは、このような偏見で出会い方によって差をつけることはなく、フラットに出会いについて発信していきますのでこれからもよろしくお願いしますね。



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